ピレネーを歩く2

190908-00ダリ

第2日目(9/8) バルセロナ→アンドラ→カルカッソンヌ

バルセロナへ着いてすぐアンドラ公国を目指す。ドライバーはホセさん、ポルトガル人。
今日の1枚は、アンドラのロトンダ広場のダリの時計のモニュメント。ダリに敬意を払って。

アンドラ

190908-01駐車場から190908-02駐車場を上がる190908-03二つのポスト








左:駐車場からの1枚   中:州政府事務所(右)   右:フランス・スペインのポスト(集合場所)

190908-04教会190908-05国旗190908-06ダリ裏側








左:集合場所の左側に教会   中:国旗   右:ダリのモニュメントの裏側

190908-07ANDORRA190908-08プジョー3008190908-09変った建物








左:ANDORRAのモニュメント   中:プジョー3008   右:変わった建物(一部下向き)

190908-10お茶190908-11190908-12








左:マクドでお茶休憩   中・右:メリチェイ通りの街角

アンドラ公国はピレネー山脈の麓に位置し、面積が468㎢で金沢市とほぼ同じ大きさの小国で、
メリチェイ通りをロトンダ広場まで歩き、解散。ダリの時計のモニュメトだけが見もの?
帰りにプジョー3008を見つけ、なんでか嬉しくなって1枚撮った。これの白が我が愛車。
郵便組織もなく、フランス・スペイン頼り。だからポストも2種類ある。
教会にも行ってみたけど、大したものではなかった。昼食後、カルカソンヌへ向かう。

カルカソンヌ

190908-13カルカッソンヌ190908-14ナルボンヌ門190908-15カルカス王女像








左:コンタル城   中:ナルボンヌ門   右:カルカス王女の像

190908-16跳ね橋190908-17入ると190908-18何や?








左:ナルボンヌ門の跳ね橋   中:城内に入って振り向く   右:何の像かは判りません

190908-19二重の城壁190908-20車が190908-21住民石を取る








左:二重の城壁   中:二重城壁の中を車が走る   右:住民が石を盗ったあとを修復

190908-22溝190908-23王女と豚190908-24








左:二重城壁の真ん中に溝   中:カルカス王女と豚の看板(何の店?)   右:不揃いなアーチ

190908-25サン・ナザール大聖堂190908-26何や?190908-27教会入口








左:サン・ナザール大聖堂   中:なぜか心惹かれた   右:右側の入口から入場

190908-28祭壇190908-29ステンドグラス1190908-30ステンドグラス2








左:主祭壇   中・右:ステンドグラスが上手く撮れた

190908-31キリスト像190908-32天井はシンプル190908-33メリーゴーランド








左:主祭壇のキリスト像   中:天井はシンプル   右:外に出るとメリーゴーランドが動いていた

カルカソンヌは城塞都市で城壁に囲まれた部分はシテとも呼ばれる。
城壁は二重に張り巡らされ、跳ね橋や不揃いなアーチの小さいアーチ部はのちに造られたもので
往時はすぐ取り外せるように木が使われていたという。
数多くの見張り塔や石を落とす穴など、戦略的にも重要な城であったのが容易に想像できる。

「女領主カルカス (Dame Carcas) の伝説」
サラセン人の占領下にあった頃、侵略しようとしたカール大帝は市門の前に陣を敷き攻囲戦を行った。
この攻囲は五年を超えたが、この時、夫の大公亡き後シテの騎士団を率いていたのが、公妃カルカス
であった。
攻囲が六年目に入ったとき、シテの内側では兵糧も水もなくなりかけていた。カルカスは残っている
物の一覧を作ろうとしたときに、市民は豚一頭と小麦の袋をもってきた。彼女はこれを見て一計を案じ、
豚に小麦を食わせて太らせた上で、塔から市外へと放り捨てた。
これを見たカール大帝とその部下たちは、太った豚を惜しげもなく捨てるのだから、市内にはまだ十分な
兵糧があるに違いないと考え、撤退を決めた。カルカスはその勝利を祝福し、町中の鐘を鳴らさせた。
「カルカスが鐘を鳴らしている(Carcas sonne ; カルカ・ソンヌ)」
伝説では、これが市の名前の由来になったのだという。 (Wikipediaより抜粋)

カルカスが町を救ったとして、今も愛されているようや。8世紀後半頃かなぁ。。。

1659年に、現在につながるフランス・スペイン間の国境線を定めたピレネー条約が締結されたことにより、
カルカソンヌは、その軍事的・戦略的地位を喪失した。
軍事的な必要性がなくなったことで、住民が家を建てるために城壁の石を盗んだり、シテは寂れていく。
また、その事を悲しんで修復しようという人が現れる。そして現在の姿となっている。

実に興味深い城やった。中の見学や城壁の上を歩きたかったなぁ。。。
                                   つづく・・・

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