ピレネーを歩く3

190909-00ピックデゥミディ展望台

今日の1枚は、ピックデュミディ展望台。空が面白かったので。

第3日目(9/9) カルカソンヌ→ラモンジー→ルルド

ピックデュミディ

190909-01ラモンジー190909-02190909-03アルパカ








左:ラモンジーのホテル・レストラン   中:レストラン前から   右:アルパカの放牧

190909-04190909-05ゴンドラと池190909-06ローランの裂け目








左:展望台から   中:ゴンドラと池   左:ローランの裂け目(中を拡大)

190909-07190909-08アネト山190909-09








左:ピレネーの山々   中:最高峰アネト山3404m(左を拡大)   右:ピレネーの山々

190909-10工事中190909-11190909-12アイスクリーム








左:ロープウエイ乗り場付近は工事中   中:端っこのレストランで   右:アイスクリーム

ピレネー山脈は東西に430km、南北は100kmもある中で、360度の展望を誇るピックデュミディ2884mへ。
条件が良いとピレネー山脈最高峰のアネト山やローランの裂け目(巨人がなたでわったような裂け目)
が見えるという。肉眼では見えなかったが、あとで調べたら偶然写っていたので拡大してみた。

展望台に上がったらタブレットを渡され、見える山の名前や標高が分かるそうやけど、使わなかった。
それよりもロープウエイの運行が昼休憩で1時間止まるという方にびっくりした。
昼休憩に入るまで30分。昼休憩再開後の最初のに乗ってくれれば大丈夫です、って添乗員嬢が言う。
T子が、
「昼休憩後やな。。。」
と言うとったけど、ざっと1周してみたが15分しか経っていない。
山自体はスイスアルプスでいいのを見てるから、すぐに見飽きて降りることにした。

降りてアイスクリームとビールで休憩。その後昼食。

ルルド

190909-13ホテル190909-14誰?190909-15








左:ルルドのパノラマホテル   中:フロント横に飾っていた写真   右:ラッキーな広い部屋

190909-16聖ヨセフ像190909-17190909-18ロザリオ聖堂








左:サンジョセフ門の聖ジョセフ像   中:バジリカとロザリオ聖堂   右:ロザリオ聖堂

190909-19バジリカ190909-20ベルナデット190909-21主祭壇








左:バジリカの入口   中:ベルナデッタの写真   右:バリジカの主祭壇

190909-22ステンドグラス190909-23ロザリオ聖堂の頭190909-24病院








左:ステンドグラスが上手く撮れたので   中:ロザリオ聖堂屋根の飾り   右:病院

190909-25ロザリオ聖堂190909-26バリアフリー190909-27地下聖堂








左:ガイドさんの説明   中:バジリカの長いスロープ   右:地下聖堂は25000人が入れる

190909-28ロザリオ聖堂190909-29主祭壇190909-30マリア像








左:ロザリオ聖堂入口   中:主祭壇   右:マリア像

190909-31ルルドの泉190909-32洞窟のマリア像190909-33洞窟の上の聖堂








左:ルルドの泉   中:泉の上のマリア像   右:バジリカはこんな崖の上に建つ

190909-34洞窟正面190909-35祈る尼僧190909-36夜のマリア像








左:洞窟を正面から   中:祈りを捧げる尼僧   右:マリア像

マリア伝説
1858年2月11日、14歳の少女ベルナデッタ・スビルーがフランスのピレネー山脈の麓にある当時小さな町
ルルドのはずれにあるガヴ川のほとり、マサビエーユの洞窟のそばで枯れ木拾いをしているとき、一人の
若い美しい女性が上の小さな洞窟の中にいるのを見ました。
その日以後、同じ年の7月16日まで18回にわたってベルナデッタは彼女に会い、ベルナデッタが日常話し
ていたその地方の言葉で会話しました。ベルナデッタは目の前に現れた若い貴婦人が誰であるか分かり
ませんでした。しかしベルナデッタが何かを見て恍惚の状態にいるのを端から眺めていた人々は、それは
聖母であると噂し始めました。何回かの彼女との会話で、聖母に言われた所を掘ってみると泉が湧き出て
きました。
またその貴婦人が罪人のために祈ること、ここに聖堂を建てるよう望んでいることを司祭に伝えるように
言われました。ベルナデッタからそのことを聞いた司祭は信じることができずその女性の名前を聞いて来る
ように言いました。 彼女に会う度に何度も名前を尋ねるベルナデッタに、ついに16回目の出現の時その
貴婦人はピレネー地方の言葉で次のように告げました。"Que soy era Immaculada Councepciou." つまり
それは「私は無原罪のやどりである」という意味でした。これを聞いた司祭は無学で字も読めない少女ベル
ナデッタが"Immaculada Councepciou"という言葉が何を意味するか知るはずもないので確かにそれは聖母
であると確信しました。(ネットの記事より)

信仰心のない私にゃあ到底信じられない話やけど、マリア様に言われて掘った所に泉が湧き出して、それを
飲むと不死の病が治った奇跡からカトリック教の巡礼聖地となった。
そのせいか、車椅子の人や一見して病気の人が多勢いた。また車椅子を押したり、介助するボランティアも
多かった。

街の土産物店には大小様々なマリア像が置かれていたり、奇跡の泉を汲むために大小様々なボトルも
売られていた。
奇跡の泉の水は蛇口をひねると出てくるようになっていたが、ご利益が損なわれるんじゃないか?
私もペットボトルに汲んだ水を飲んだが、麻痺した右腕はいまだ麻痺したまま。。。
信仰心がないからしょうがないか。。。
                           つづく・・・

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