韓国周遊の旅5

181115-00

第5日目(11/15) 全州→扶余→水原→ソウル

全州韓屋村

韓屋村へ入る前に、韓屋村の入口横にある小高い丘に登った。

181115-01戦勝祝賀会181115-02最後の王様の碑181115-03







左:ここで朝鮮王朝の始祖である太祖・李成桂が戦勝祝賀会を行ったとされる。誰と戦っての戦勝かは聞き逃した。
中:朝鮮王朝の最後の王様がこの地を訪れ、残した碑。
  ガイドのチェさん曰く、「ここへ来れば、朝鮮王朝のすべてがある」

181115-04韓屋村屋根181115-05181115-06慶基殿







左:丘から韓屋村を   中:慶基殿近くのイチョウ   右:慶基殿
慶基殿は李成桂(イ・ソンゲ)を描いた肖像画(御真:オジン)を奉安するため創建された。

181115-07教会181115-08181115-09







左:殿洞聖堂(カトリック教会)   中:韓屋村中の道路   右:チマチョゴリのレンタル店
チェさんがクリスチャン(プロテスタント)であることが判った。
韓屋村は大きかったが、ソウルのそれと比べて情緒がなかった。観光地化が激しいと感じた。

扶蘇山城・落花岩・皐蘭寺(世界遺産7)

百済の名残を残す扶余へ行く。分らんかったというのが正直な感想。

181115-10白馬江181115-11落花岩・右181115-12皐蘭寺







左:白馬江クルーズ   中:右の方に落花岩が(判りづらくてスイマセン)   右:皐蘭寺
 
181115-13鐘楼181115-14181115-15







左:鐘楼   中:三聖閣   右:本堂を回り込んで

181115-16181115-17181115-18百花亭







左:裏に皐蘭井(若返りの薬水として飲んだという)   中:落花岩上部   右:百花亭
新羅唐連合軍に攻め込まれ、百済が滅亡する時に、宮廷女官3000人が貞操を守るため身を投げた。
彼女達を追慕するために、近くの頂きに百花亭が建てられた。

181115-19蓮の葉ご飯181115-20
 昼食は扶余名物の
 ←蓮の葉ご飯
 おかずが豊富→

 
 昼食後、水原に向かう。




水原華城(世界遺産8)

李氏朝鮮の22代正祖(李祘イ・サン)が築城したことで知られる華城であるが、前回の時とは
反対のコースでの見学となった。今日の1枚は水原華城から。

181115-21東門181115-22東将台181115-23暗門







左:東門(駐車場近く)   中:東将台   右:暗門(こっそりと出入りするための門)

181115-24東南角楼181115-27龍池181115-28訪花随柳亭







左:東南角楼   中:龍池(なぜハート?)   右:訪花随柳亭(イ・サンが酒宴を開いたとされる)
イ・サンが座ったであろう場所に座って、記念撮影することしきり。

181115-29華虹門181115-31181115-32







左:華虹門は水原川にかかる   中・右:長安門

181115-34長安門181115-35イ・サン181115-36門の前







左:長安門(再掲)   中:長安門を出た所にイ・サンの肖像画   右:9年前はなかった
長安門の内側にいるはずの観光用兵士もいなくなってた。

181115-37カンジャンケジャン181115-38
 ソウルで夕食。
 ←カンジャンケジャン
  新鮮なワタリガニを生のまま
  漬け込み醤油ダレに漬けた物

 カニは少し小ぶりやけど、
 旨かったぁ!


ホテルはグランドインターコンチネンタルで2連泊。
流石に部屋も広いが、シャワートイレでなかったのはここだけ。他のホテルは全部シャワートイレ。
風呂場のシャワーブースに引くべきところを「PUSH」の表記はご愛敬?
飲料を調達しようと、隣接のCOEXモールに行ってビックリした。慌ててカメラを取りに戻り、
撮った写真がこれ↓↓↓

181115-39図書館181115-40181115-41







なんと、ショッピングモールの中にオープンな図書館が。斬新なアイデアにビックリ!
ホテルのある三成地区は河南といって、昔は土地も安くソウルでもなかったとチェさんが言ってました。

                                        つづく・・・

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